ひとつづつ、でも確実に、彼女の世界から色が消えていく。


 はじめはバタークッキーの色が突然に黒く塗りつぶされた。「焦げちゃったの?」と彼女が不思議そうに首を傾げながら指したのは、美味しそうに焼きあがった、紅茶によく似合いそうなクッキー。
 次は紅茶の色。「なにかの薬?」と眉をひそめる彼女のカップにミルクを加えて、ごめんね変わったミルクティーで、と言うと、微笑んだ。
 ミルクの色も消えた。「もうお茶はいいよ」と力なく微笑んだ彼女は、それまで一日の楽しみにしていたティータイムを、庭に咲く薔薇を世話する時間にかえた。
 薔薇の色も去った。「枯れちゃった」と肩を落す彼女は、翌朝の澄み渡った青空にふたたび元気をとりもどした。
 しかし空の色も、彼女に別れを告げた。「どうしてなの」と、彼女はその時はじめて泣いた。

「リーマスは私から離れていかないでね。お願いだから、ずっと一緒に居てね」
 彼女は僕の傍から片時も離れようとしなかった。いつもセーターの裾を握り締めて、時折り顔を覗きこむと、安心したようにため息をつく。満月の夜だけは彼女をはやくに寝かしつけて、次に彼女が目を覚ましたとき、自分が真っ黒に塗りつぶされていたら、という思いに後ろ髪を引かれながらも、そっと部屋を出る。このときほどに辛いものはない。

「夢の中で私はね、青空の下、薔薇の咲く庭でリーマスとお茶してるの」
 いつかジェームズとリリーが僕たちの家へ来たとき、彼女は嬉しそうにそう言った。二人はなんと答えていいか分からずに、ただ彼女の話を微笑みながら聞くだけだった。「リリー、髪を黒に染めたの?」と訊く彼女に、リリーの髪は薔薇の色だよ、とそっと耳打ちすると、ああそっか、と一瞬さびしげな表情を見せた。孤独な彼女の手を握ったリリーの目は涙におぼれていた。


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