似ている、と思った。秋のこがね色の日差しのなか、中庭のベンチに腰掛けて本を開く女子生徒の姿を見たスネイプは思わず足を止めて目を凝らしていた。やわらかな光に照らされる、ウェーブのかかった赤毛の髪。ゆるやかな風に乗せて届く、懐かしい香り。あふれ出さんばかりの感情を詰めた記憶をたぐりよせるには、それだけで十分なほどだった。そして、その秋風が女子生徒の本に挟まっていた栞を攫ってスネイプの足元まで流れ、それをぱたぱたと追ってきた彼女と目が合ったとき、胸に閉まっていたその記憶の蓋から、忘れようにも忘れることのできなかった想いがついに溢れ出た。赤い髪に、グリーンの瞳。その女生徒は、彼に消えることのない愛を遺した女性の生き写しのようだった。

 それからというもの、教授という自らの立場を忘れて、ときにはそれを利用して、なんとか彼女を手にしようとした。はじめこそは戸惑っている様子だった彼女も、今ではすっかりスネイプに懐いて傍を離れないようになった。スネイプは、かつて叶うことのなかった想いをいま果たすかのように愛したし、なにも知らない彼女はそれにいつも満たされていた。抱きしめ、唇やからだを重ねているとき、彼が胸の中で別の女性の名を唱えていることも彼女は知らない。
 そうしていつも傍らでにこにこと笑んでいた彼女だが、ある朝スネイプが目を覚ますとその顔をじっと覗き込んでいたことがあった。そのグリーンの瞳に寂しげな色が揺らめいていたのをおぼえている。どうした、とスネイプが訊けば、ううん何でもないの、といつものように笑んだ。
 それからしばらくの日が経って、どこかあまったるい春の風が流れる中庭を横切っていたスネイプは、不意に足を止めた。あの秋の日、そのベンチに座って本を読んでいた赤毛の彼女が、昨晩までスネイプの腕に抱かれていたグリーンの瞳の彼女が、まったく姿を変えてそこに居た。腰まであった長い髪を肩で切りそろえ、気品のある赤から華のない褐色に。目を見開いてベンチへと近寄って行くと、その足音に気づいた彼女が開きっぱなしの本から視線をあげた。彼女の瞳を見たスネイプは力なくみずからの顔を手で覆った。
「教授はいつも遠い目をして、わたしの向こうに誰かを映してた。わたしはあなたを愛したけど、あなたは違った」
 彼が寝ている間に呟いた名をたしかに聴いたとき、彼女は自分の容姿がセブルス・スネイプを惑わせていることを知った。自然、彼に抱きしめられ唇やからだを重ねているとき、彼が胸の中で別の女性の名を唱えていることも知った。
「わたしはリリー・エバンズではありません。わたしは、です。――ごめんなさい、教授」
 昨晩までグリーンだったその瞳は琥珀色と化していて、もはやとリリー・エバンズは似ても似つかない。彼の愛したリリーはふたたび記憶の中に仕舞われ、そのリリーの生き写しのようだった女生徒は容姿を変えることでようやくという一人の女性になった。そして聡明な彼女は、もうスネイプに愛されることは出来ないことを悟っており、しずかにその場から去っていくのだが、その足取りはどこか軽やかだった。スネイプは、春のあまい香りに包まれた中庭に独り取り残される。
 彼女たちは、彼のもとを去ったのだ。ひとりは彼に永遠の愛を遺して、もうひとりは現世に行くあての無かった彼の愛をふりほどいて。



(2008.11.17)