私はサソリの外見に惚れたんじゃない。むしろ男くさい感じの人が好きな私にとって、そこらの女の子よりも整った顔立ちや、男のわりに背の低いところは、まったくと言っていいほどタイプじゃない。"やっぱり恋人にはとことん甘えて、支えるより支えてほしいでしょ!"という思いが強い私は、一見、男として頼りなさそうな女々しいサソリなんて全くもってアウトオブ眼中だった。サソリファンクラブなるものが存在することも知っていたけど、あの男のどこがいいんだろう、馬鹿な子たちだなあ、と冷めた気持ちできゃあきゃあ騒ぐ女の子たちを横目で見ていた。そんな自分がまさか、そのサソリに惚れるなんて思いもしなかった。

「……悔しいなあ」
 日誌を書く手を止めて、しみじみとサソリの横顔を眺めながら呟いた。放課後の教室には茜色のやわらかな日が窓から流れ込んでいて、その中で聞こえてくるのは、グラウンドから届く野球部の掛け声と、サソリのイヤホンから微かに漏れてくるにぎやかな音楽だけ。
「なんか言ったか?」
 ふと顔をあげて、サソリは窓の外を見るのを止めて私に目をやり、イヤホンを外した。途端に、そのアップテンポの曲がはっきりと私の耳にまで届くようになった。
「べつに何も?」
「嘘つけ、今なんか言っただろ」
「いや、ほんとに大したことないよ?なに聴いてるのかなーと思って」
 すっとぼけたようにそう言いながら、再びペンを握った手を動かし始める。そんな私の様子を疑わしそうに横目で見て、イヤホンを耳に掛けながらサソリは言う。
「お前の苦手な英語のやつだから、聴いても分からねぇよ」
「じゃあサソリは英語、分かるの?」
 すかさずそう尋ねたが、すでにあのさわがしい音楽で両耳を塞いでしまっていたからか、サソリは完全なる無視をかました。無視は彼の特技なのだ。いや、奥義?秘儀?
 日誌なんて面倒でいつもは絶対書かないけれど、今日は担任に「程がある」と叱られてしまった。それでも懲りない私は、サソリと街に遊びに行く予定だったからトンヅラしようとしたが、担任に説教されたことをサソリに話すと、じゃあ書けよ、とごもっともなことを言われてしまった。サソリがそう言うなら、と素直に従ってはみたけれど、なにぶん日誌なんて付けたことのない私だから当然書き方が分からない。前の人の記録を見ながら書くものの、なかなか上手いように進まない。時間は過ぎていくばかり。そしてサソリは音楽ばかりで助けてくれない。
「でもまあ許してあげるよ。ずっと待ってくれてるから」
 きっと私はギャップに弱いんだと思う。今だってサソリは、涼しげな顔に不釣合いの激しい音楽を聴いているし、他人を待つなんてめんどくせえ時間の無駄だってタイプに見えるのに文句ひとつ言わずに付き合ってくれるし。見かけによらずやさしくて、男らしくて。多分これって罪だと思う。けれどこの人に惚れた私に罪はない。
「そうよ。わたしは悪くない、サソリがいけないんだ。もう捕まってしまえばいいのに」
 そう、私はギャップに弱いんだ。ラグビー部の筋肉は好きだったけど、彼らは傍らを重たい荷物を持って歩く女の子の手伝いなんてしなかった。これもある意味でギャップだけど、その筋肉はお飾りかよと思うと一気にラグビー男への憧れは消えた。でも、あの時サソリは何にも言わないで手を貸してくれた。剣道部主将の精悍な顔付きなのに笑窪をつくるかわいい笑顔は好きだったけど、彼はどうやらお盛んのようで色んな女の子にちょっかいを出していた。でも、サソリはいくら女の子に告白されようとも体目当てで付き合ったりはしなかった。
 私の憧れていたものが全てマイナスのギャップに消されていくなかで、アウトオブ眼中だったはずのサソリがプラスのギャップを両脇に抱えてずいずいと私の世界に入り込んでくる、そんなイメージ。
「サソリは、あつかましいよね。不法侵入でいつか捕まるかもね」
 そうして、席替えで隣の席になってみて初めて気づいたのは、サソリが私を好きだったということと、私もいつの間にかサソリを好きになっていたということ。サソリと付き合うようになってから、あんたいつからサソリくんを好きだったのよ、とファンクラブの子達に詰問されたとき、私は素直に「わかんない」と答えた。きっと私は世の中なめてると思う。でも、本当のことだから仕方ない。気づいたときにはもう手遅れだったんだから。
「結局……わたしってほんとにこの人、好きだなあ」
 目をつぶっていたサソリの横顔に愛しそうに呟いたは、ようやくサソリのイヤホンから音楽が流れていないことに気が付いた。目をぱちくりとさせた後で、じわじわと耳を赤く染めていくに、壁にもたれかかるサソリは目を閉じたまま口元を緩めた。
「めんどくせぇ女」




(2009.2.23)