覚悟して(Alternate Ending)



「ありがとう、玄弥」

 泣かないで、とその頬に触れると、玄弥は少し戸惑ったように首を傾げた。

「……行けよ。変な気ィ使わなくていいから」
「そんなんじゃない」
「じゃあ何だよ」
「玄弥だよ」

 どういう意味だ、というように眉根を寄せた玄弥の頬を、両手で挟む。
 けれど、背の高い玄弥へと手を伸ばし続けるには背が足りず、つま先立ちの足がよろけて、彼の胸に倒れ込んでしまった。抱き止めてくれた玄弥は、私の言葉を待つかのように、じっと見つめてくる。

「私も前世のことは思い出せないけど、でも……今がすべてじゃ、いけないのかな」

 玄弥の目の動きが、ぴたりと止まった。

「ずっと心の中がぐちゃぐちゃだったけど、玄弥が泣きながら、あんなこと言うから。幸せになってほしいなんて、言うから――だから分かったの。何にも縛られる必要はないんだって。だって私たち、今この時代を生きてるんだよ」

 玄弥の口元が、かすかに震えた。それを隠すように、自らの手を口に当てる。そんな玄弥を見上げ、揺らぐことなく言葉を続けた。
  
「たくさん傷つけてごめんね。勝手ばっかりで、振り回してごめん。こんな私を、玄弥はいつだって受け入れてくれたよね」

 視界が揺れる。玄弥の輪郭がぼやけはじめ、喉が詰まる。それでもなんとか声を振り絞りながら、言葉を紡ぐ。

「玄弥といると楽しい。自然体でいられるの。玄弥と一緒にいるときの自分が、一番しっくりくるの。男と女とか、そういうこと以前に、人として好き。――大好き」

 泣けないなんて、どの口が言ってたんだと思うほどに、「好き」を繰り返しながら涙が止まらなかった。がんじがらめになっていた感情が、やっと解放されたんだと思った。

「だから……行かないで、ほしい。離れていかないで。私にはさ、玄弥が必要なの」

 覆われていた玄弥の口から、声が漏れた。それは確かに、私の名前を呼ぶ声だった。

「離すわけねぇだろ」

 腕を引かれ、このまま息が止まるかもしれないと思うほどに、ぎゅうっと強く抱きしめられる。

「絶対幸せにする」
「私だって。もう死にそうなぐらい幸せだって、たくさんたくさん思わせてあげるから」

 覚悟しててね。そう言うと、男前だな、と玄弥は笑った。
 きっと二人なら、どんなことも笑いに変えられる。醜さも不完全さもすべて、丸ごと受け止められる。足りないものを補い合って、そうやって同じ歩幅で、日々を重ねていけたら。いつかその日々を、愛おしく思う時がくる。

「ねぇ、玄弥。帰りにさ――」
「ハンバーガーだろ? 行くに決まってる」
「さすが。私の考えることよく分かってるね」
「お前の顔にハンバーガーって書いてあるからな。ていうか俺、今なら全メニュー食えるわ」
「なにそれ。こぶた玄弥ちゃんになっちゃうよ」
「いいわ別にそれでも。あー、もう俺……」
「幸せすぎて死にそう?」
「おう」
「そしたら私がおいしく頂いてあげる」

 そう言って「ブヒッ」と玄弥の鼻に指を押し当てると、玄弥はニヤリと笑い、そのまま私の指へとキスをした。わあっ、と声を上げながらも、笑いが止まらなかった。玄弥も顔をくしゃくしゃにさせながら笑う。
 そうやって二人で笑い転げながら、こんな日がずっと続きますようにと祈った。
 先のことは分からない。けど、今を目一杯生きた先に、共にいる未来があると、願ってる。

 ――いや、違う。願うなんて曖昧なものじゃない。そうなる未来しか、もう見えてないよ。






 - 完 -


(2022.01.28)

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