14.朝の大広間


 ゴイルは夜の見回りをするハッフルパフの監督生が廊下の向こうに消えるのを待った後で、地下牢の階段へと走った。 本当にこれで良かったのだろうか、とふくろう小屋を出るときにちらりと見たの表情を思い返しながらそう考えていた。

 それは一時間ほど前のことだった。 マルフォイはゴイルに一通の手紙を渡すと、これをふくろう便で送ってきてくれ、と言った。それも“恋するフクロウ”に、だ。 ゴイルはその手紙の宛名を見て、眉をひそめてマルフォイを見た。 それは一昨日の夕べに、パーキンソンが泣きながら読み上げ、マルフォイがそれを焦って奪い取った、あの手紙だった。 送り返すのかい、と聞くとマルフォイは何も答えずに部屋へと戻って行ってしまった。
 そして今し方、ふくろう小屋へ行くとそこには何とが居た。 ここでその“恋するフクロウ”に手紙を渡したところで、きっとふくろうはたった数メートル先のの目の前にそれを落とすのだろう。 それを予想しながらも見つけたふくろうに手紙を託そうとしたが、思いきり断られてしまった。 それだけではなく、何とこのふくろうはと仲が良いらしい。 少しの間だけ頭を悩ませると、ついにゴイルはその手紙を直接本人に渡した。 なぜだかゴイルは彼女にごめん、と謝りたくなった。けれどもそれを抑えるために、すぐにふくろう小屋を後にしたのだった。


 スリザリンの談話室に入ると、そこにはプラチナ・ブロンドの男子学生が一人だけ残っていた。 暖炉前の黒革のソファに浅く座り、交差させた手でうな垂れる頭を支えるようにして、ドラコ・マルフォイはそこに居た。

「ああ、ゴイル」

 マルフォイはゴイルの姿に気が付くと、平然とした声で言った。

「うまくいったか?」
「うん、確かに届けたよ」
「あのふくろうには手こずっただろ?あいつは気難しくてなかなか手紙を届けないらしいけど、そうか、おまえは出来たのか」

 小さく頷くマルフォイにゴイルは思わず、

「違う、ドラコ」

と言った。 マルフォイは不思議そうな顔をしてゴイルを見る。

「あの手紙をに届けたのはふくろうじゃなくて……俺だよ」

 ゴイルはそう言った後で目を逸らした。

「ふくろう小屋で罰則を受けてた。きっと今日の飼育学でアンブリッジに反抗したからだと思う」

 壁に施された彫刻を見ながら、ゴイルは続ける。

「確かに、あのふくろうは気難しくて俺の言うことを聞かなかった。それに、とも仲が良いみたいで……」
「渡したとき、あいつはどんな反応をした?」

 思わず視線がマルフォイに戻る。 グレーの瞳は確かにゴイルを見ているのだが、それはまるでゴイルの体を通り越した遠くの方でも見つめているかのようだった。

「……さあ。暗くてよく見えなかったから」

 嘘をついた。これがゴイルにとって初めての、マルフォイについた嘘だったかもしれない。 彼女のあのときの表情は自分と、あの“恋するフクロウ”だけが知っていればいい。 それに今のマルフォイには伝えない方が良い、と思ったからだ。

「そうか」

 マルフォイは静かにそう言うと、立ち上がって男子寮への階段を上って行く。 マルフォイのその背中に、ゴイルは先ほどのの表情を見たような気がした。






 次の日の朝のことだった。 ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人はグリフィンドールテーブルで大広間の入り口を気にしながら朝食をとっていた。 のルームメイトが三人に「が、“先に広間に行ってて”だって」と伝えたのだった。

「どうしたんだろう、

 ハリーが大広間に入ってくるレイブンクローの生徒達の中から笑顔のがひょっこり顔を出さないかと目を凝らしながら言った。

「昨日の夜、戻って来たっけ?」
「そのはずよ。じゃないと、一晩どこで過ごしたって言うの?」
「うーん……ふくろう小屋とか?だって、そこで罰則受けてたんだろ?」

 ロンの発言に呆れたようにため息をついたハーマイオニーは、ハリーに砂糖を取ってと頼んだ。

なら、昨日の夜遅くに帰ってきたわよ」

 ハリーがハーマイオニーに砂糖を渡していると、一席空けたところに座っていたのルームメイトが、そのブロンドの髪を櫛で整えながら言った。

「ほんとに?」
「ええ、私見たもの」

 当たり前じゃない、というような顔でロンを見たハーマイオニーは紅茶に砂糖を入れる。

「でも彼女、すすり泣いてたわ」

 女子生徒のその言葉に、ハーマイオニーのカップを混ぜるスプーンの動きも止まった。 ちょうどその時、ハリーは大広間に入ってきた黒髪の女の子を見つけて「あっ」と声をあげた。

「ロン、ハーマイオニー!が来たよ。ほら、今こっちに向かって……あれ?」

 それは確かにだった。 しかし彼女はグリフィンドールテーブルではなく、別の方向に歩いていた。 片手に何かを持っている。

「何してんだ? おーい、!僕たちはこっち!そっちは……彼女もしかして、スリザリンの所に行ってる?」

 ロンは二、三度目をぱちぱちとさせた。 は明らかにスリザリン生の座るテーブルに向かっている。 テーブルの手前側に座るスリザリンの生徒はそれに気付き、ざわっとどよめいた。

「おい、冗談だろ……」

 が立ち止まったのを見て、ロンは声を漏らした。 ハリーが見ると、はマルフォイの少し後ろで足を止めていた。 けれどもマルフォイはまだそれに気付いていないようで、近くの生徒と話している。 ガシャン、とテーブルの上の皿が震えた。 その音で大広間に居た生徒たちの視線がスリザリンテーブルへと向けられた。

「なに考えてるの?」

 大広間にの声が響く。 はマルフォイの手元に何かを叩きつけたようだった。 マルフォイはそれを見た後でを見上げた。

「これは……この手紙は、私があなたに送ったものなんだから!」

 このの威勢のよさに呆気にとられる生徒が多かった。 いつも一緒にいるハーマイオニーでさえも目を見張った。

「どうせ送るなら、返事を送ってよ。私、私は……」

 その後の言葉は聞き取れなかった。 恐らく、マルフォイにしか聞こえないぐらいの小さな、呟くような声だったのだろう。
 はその後生徒たちの視線を浴びながらもグリフィンドールテーブルまで歩いてやって来た。 マルフォイはその姿を暫く追っていたが、が置いていった物を手に取るとローブのポケットへしまい込んだ。

「お腹空いちゃった。ハリー、そこのウィンナー取ってくれる?」

 はハーマイオニーの隣に座ると、何事も無かったかのように言う。

「君は変わったよ、

 ロンは面白そうにそう言うと、いまだに状況が掴めていないハリーの代わりに皿にウィンナーを大量に取り分けた。


 そのすぐ後、マルフォイはスリザリン生たちの興味津々な顔を見ているのに耐えきれなくなり、大広間を出た。 一人で地下牢の階段を下りながら、ポケットから皺くちゃになってしまった手紙を取り出す。 が先ほどマルフォイに叩きつけたものだ。そしてそれは、マルフォイが昨日に送り返した手紙であった。 ふとの言葉が耳によみがえり、足を止めた。

――私、私は……待ってるんだから。

 そしてドラコ・マルフォイは地下牢のひんやりとした壁に力なくもたれ掛かるのだった。









(2007.10.8)