18.白薔薇のピアス


 クリスマス休暇も明けてハリーたちが学校へ戻ってきたその夜は、久しぶりに再会したと休暇中の出来事を報告しあった。ウィーズリー氏の見舞いに聖マンゴを訪れたときに肖像画のディリス・ダーウェントや、懐かしのロックハートに会ったとか、クリスマスプレゼントは気に入ったかとか、シリウスはとても元気にしていた、とか。は終始にこにことして三人の話に耳を傾けていて、ハーマイオニーが「あなたの休暇はどうたったの?」と聞くと、その頬はさらに緩んだように見えた。あんなにプレゼントを貰ったことがなかったからすごく嬉しかった、と照れたように話すの耳には、ハーマイオニーの送った白薔薇のピアスが光っていた。

「誰かにからかわれたりしなかった?ゴーストレディだーとかって」

 何気ない風に訊いたロンだったが、休暇前に起こった出来事をハーマイオニーの口から聞いていたハリーも、一人学校に残ったが他の生徒達から冷やかされたりしていないか心配していた。は少し表情を曇らせたが、すぐににっこりと笑んで、

「なんだか、私の整形説も流れてるみたい」

と、いつもと変わらぬ調子で言った。

「でも大丈夫」

 ロンやハーマイオニーが憤り、勢い余ってソファを立ち上がる前にが制した。

「もう平気。だって、三人が居てくれるから」


 その後、ハリーとロンは先に男子寮へ上がり、ほかの生徒たちも明日から始まる授業に備えて早めにベッドに入ったらしく、談話室に残ったのはとハーマイオニーだけだった。
 はハーマイオニーに和柄の帯地バックをプレゼントしていた。教科書を入れたりして学校でも使えるようにと控えめの柄だが、肩から提げて見せたハーマイオニーとそれはよく似合っていた。
 しばらくは他愛もない話で笑いあっていた二人だったが、突然、ハーマイオニーがそれまでの表情を変えた。

「何かあった?」

 え、と首を傾げるは、まっすぐに見つめてくるハーマイオニーの両目に吸い込まれそうになる。

「整形だなんて出任せが流れたとき、心細かった?」
「当たり前だよ」

 あのときは、どうしてクリスマス休暇なんていうものがあるんだろうかとか、なぜハーマイオニーはグリモールド・プレイスに行ってしまったのだろうかとか、そんなことばかりが頭をよぎり、とてつもない孤独感に襲われたことを思いだした。

「学校に居なかった私たちの代わりに、支えてくれた誰かが居るのね」

 呟くようなハーマイオニーの言葉で、はさらに首を傾げる。

「だってそんなことを言っても、あなた、嬉しそうな顔をしているもの」

 たしかに、その翌日には未だかつて見たこともないほどの自分宛のプレゼントに感動し、先祖のディリスと肖像画越しに再会し、支えられたものは多かった。そのことを話しても、ハーマイオニーはどこか納得できないような、満足しきれないような、そんな曖昧な表情を浮かべるだけで、どこか煮えきれない。
 ハーマイオニーの詮索するような視線から逃れるように、は後ろを振り返った。古びた肘掛け椅子には、昼に図書館で勉強してきたのをそのままに、自分の鞄が放ってある。本が多く詰め込まれすぎていて閉まりきっておらず、そのせいで中から黒のマフラーが覗いているのが見えた。

「――マルフォイ君」

 無意識の内に口をついて出た言葉に、自身が驚いた。そうしてハーマイオニーを見ると、彼女は別段驚く風でもなく、その先を促すように目で訴えた。

「あのマフラーね、マルフォイ君に貰ったの」

 お前に恵んでやる、とぶっきらぼうに言ったときのマルフォイの後姿が目の前に浮かんでくるようだった。

「整形だなんてパーキンソンは言うけど、他の人たちも信じてるかもしれないけど、私は友達が本当のことを知ってくれてればそれで良いって思えた。もちろん、ハリーもロンも、ハーマイオニーにもよ」

 あんな出任せは信じたい人だけ信じればいい。あのとき、すぐにはそう思うことが出来なかったけれど、湖のほとりで一本のブナの木を隔ててマルフォイと話をしたとき、あの春の香りに満たされながらそう思えたのだった。

「知ってるって言ってくれた」

 どこか夢心地で、ぼうっとした声では呟いた。

「私……マルフォイ君には、本当のこと知っててほしかったから。だからマルフォイ君がそう言ってくれたこと、すごく、嬉しかったの」

 一つ一つ、ゆっくりと言葉を紡ぐの隣で、暖炉の火のあかりにハーマイオニーの耳元がきらりと光る。
 
「忘れられない男の子のことも――」
「私はマルフォイじゃないと思うわ」

 そう言葉を遮ったハーマイオニーの眉根には皺が寄せられていて、と目が合うときゅっと唇を固く結んだ。

「違うのよ、ハーマイオニー。私たちがホグワーツを卒業して、仕事に就いて、結婚して……これから時が過ぎていく中で、忘れられないあの男の子と同じように、きっと私はマルフォイ君のことも、忘れられないんだと思う」

 紡がれた言葉が、暖炉に燃える薪の音に溶け込むようにして消えた。

「これって、なんなのかな。この気持ちって、なんて呼ぶんだろう」

 胸のあたりを手のひらで押さえたに、ハーマイオニーは力なく首を横に振ると、ソファから立ち上がった。もう寝る?と顔を見上げるに背を向けて、

「ごめんなさい。でも、どうしても分からないの。私、あなたが解らない」

 それだけを残して、階段に消えてしまった。

「…ハーマイオニー……?」

 何か、いけないことを言ってしまったのだろうか。ハーマイオニーの癪に障るような、なにかを。色々な思いが頭を駆け巡り、の胸に不安が押し寄せてきた。どうしよう、と階段の方へ目をやるも、後を追いかけない方がいいということは何となく判っていた。何度も女子寮に続く階段を見遣っては、ハーマイオニーがひょっこりと顔を出さないかと淡い期待をした。
 なにがどうなったか分からない。ハーマイオニーに理解できないと言われたのは確かで、彼女の声がかすかに震えていたのも確かで。は耳元の、白薔薇のピアスに触れた。今の今まで隣に座っていたハーマイオニーの栗毛の下にもこのピアスが輝いていたことが、なぜだか懐かしく思えた。









(2008.10.12)