29.関係


「それで、どうなったの?」

 ずいと身を乗り出したジニーに、は「どうって?」と首を傾げた。
 必要の部屋ではDAの秘密練習が行われていた。今日は盾の呪文の訓練で、団員達は敵に見立てた人形へ向けて呪文を唱える。休む間もなく夢中で練習をしていたが、ハリーがふと思い出したかのように休憩時間を設けたので、団員達は部屋の脇に寄せてあったクッションを取り出してくつろいでいた。
 そんな部屋の隅で、とハーマイオニー、ジニーの三人はひそひそと話し合っていた。

「お互いの気持ちを伝えた後よ。キスしたの?」
「し、してないよ!その後すぐにマダム・ポンフリーが帰ってみえたし……」

 直球なジニーの言葉には耳を赤くする。「帰って来なかったらしてたんじゃないの?」とでも言うようなジニーの視線から逃れるようにして、はクッションに顔を埋めた。
 昨日の出来事を二人に話したのだった。互いの気持ちを打ち明けた後、マダム・ポンフリーが食事を携えて医務室へ戻って来たので、は逃げるように寮に帰った。心臓が胸を突き破って出てくるかと思うほどだった。今でもあの時のぬくもりが忘れられない。
 「まあ、とにかく」とジニーが手を打ち、は顔を上げた。

「あなたとマルフォイは晴れて恋人同士になったってわけね。なんだか正直、複雑な心境だけど」
「……恋人じゃないよ」

 その言葉に、ジニーは首をかしげた。

「何言ってるの?相思相愛なのよ?当然付き合うことになるでしょう?」
「それは、確かにマルフォイ君のことはすごく好きだけど、私はマルフォイ君の恋人にはなれないよ」
「どういうこと?マルフォイが言ったの?あなたのお父様がマグルだから?」
「違うの。彼は何も言わない。……ただ私が、マルフォイ君を困らせたくないから」

 ジニーは眉間に深く皺を刻んでいたが、一瞬それが解けた。ハーマイオニーは顎に手を当てながら、言葉を選ぶようにして話すをじっと見ている。

「だって、私とマルフォイ君が恋人同士になれば学校中の噂になって、マルフォイ氏の耳にも入ることになるかもしれない。でも、私はマルフォイ氏に良く思われていないから。だからあの時記憶を……。なのに、そんな私が息子の恋人になったって知ったら、きっと今度はマルフォイ君も責められることになる。マルフォイ君にもマルフォイ君の生きてる世界がある。その中で彼に、私のせいで肩身の狭い思いをさせたくないの。今までの距離間で、でもお互いの気持ちはお互いが知ってるこの状態のままで、私はもう十分幸せだよ」

 しばらく三人の間に沈黙が流れた。
 周囲から上がる団員達の談笑の声に掻き消されそうになりながら、ジニーが訊いた。

「本当に?」

 は口を開いたが、そこから声は漏れてこなかった。その時、パァンと何かが弾ける音が響き、すぐ後に大爆笑が起こった。ウィーズリーの双子が悪戯専門店の商品をザガリアス・スミスに試したらしく、スミスは頭上に小鳥を飛びまわらせながら怒鳴っていた。「そんなに怒るなよスミス君!俺達はただ君に慈しみの心を持ってほしいと思って!」「そうだ!その小鳥はもう君を親鳥だと思ってるんだから、愛情を注いで育ててやってくれ!」スミスは床に散らばる卵の殻を踏み付け、甘えるように鳴く小鳥を払おうと必死になっている。

「ほんとだよ」

 ジニーとハーマイオニーがその声に気付いた時には、すでには騒ぐ団員達の元へ向かっていた。

「そんなはずないのに。恋人っていう関係にこだわらなくても、想い合ってさえいれば出来ることだって確かにあるかもしれない。でも普通、いつでも好きな人のそばに居たいものでしょう?気持ちだけじゃなくて」

 ジニーは力なく言った。
 輪に加わったをジョージは歓迎した。スミスの耳たぶを噛んでいた小鳥は、スミスによって邪険に払われた。その様子を見て周囲は小鳥を哀れむような声を上げる。その声にスミスは一層腹を立て、ついに杖を構えた。慌てて制しに入ったを見据えながら、ハーマイオニーが言う。

「あの二人は普通じゃないのよ。でも私は、マルフォイがどう考えているのか知りたいわ」
「……どうやって?直接マルフォイに訊きに行くの?」
「やめとけよ」

 ハーマイオニーとジニーはびくりと肩を上げ、声の方を振り向いた。いつの間にそこへ現れたのか、つい先ほどまでスミスをからかっていたはずのフレッドが二人の背後にしゃがみ込んでいた。ハーマイオニーは「どうして?」と眉根を寄せた。「姿現しした」と返すフレッドに、「そうじゃなくて」とジニーが厳しく言う。
 
「どうしてって、変に掻き回すことになるかもしれないからだよ。あいつだってだって、これが一筋縄じゃいかない恋だってことぐらい解りきってるさ。だからこそは今の状況に満足してるって言ったんだろ。想いも通じ合ったんだし、これから何かあればあの二人が互いに話し合ってどうにかしていくはずだ。俺達が動くのは、が自分から助けを求めてきた時か、あいつがを泣かせた時だ」

 そう言ったフレッドの視線の先には、スミスをなだめるの姿があった。小鳥を手に乗せてスミスに差し出すジョージは相変わらず愉快そうに笑っている。「ジョージ、ちょっとくどいよ」とたしなめるに目を細めるフレッド。そんな兄の袖を引いて、ジニーが訊いた。

「決め台詞の後で悪いんだけど、どこで盗み聞きしてたの?」
「ここさ」

 フレッドはジニーの座っているクッションを指した。ジニーがクッションの下から伸びる薄橙色の紐をたぐりよせると、耳が現れた。

「伸び耳!」

 特に悪びれる素振りも見せないフレッドに腹を立てたジニーは、もう一度紐を引っ張った。するとフレッドのポケットからもう片方の耳が勢い良く飛び出し、ジニーの手の中へ収まった。本物と見紛うほど精妙に出来たその耳は、ジニーの手の中でぴくぴくと動いている。「没収!」という言葉に、フレッドは情けない声を上げた。ハーマイオニーは黙りこくったまま、顎に手を当てて床の一点を見据えている。するとハリーの練習再開の声が掛り、部屋のあちらこちらから返事が上がった。






(2011.9.16)