三月と言ってもまだまだ肌寒い。サスケはコンビニ袋を片手に息を吐き、それが白くなる様子を確認すると、マフラーに顔を埋めた。袋の中には弁当と肉まんが入っている。その熱で手を温めながらマンションへ急いでいると、不意に「サスケ」と声を掛けられた。
「……兄さん」
「ごめんな、遅くなった。飯、買って来たのか?」
 黒のトレンチコート姿で申し訳なさそうに謝るイタチは、サスケの手に下がる袋に目を止めた。
「何か用意して行けば良かったな」
「兄さん、酒のにおいがする。飲み会?」
「ああ。春から地方に就職する奴らがいるから、その見送り会」
 サスケは「ふうん」と頷いた。
 イタチは家では全く酒を飲まないので、ビールを片手に顔を赤くする姿を想像できなかった。サスケ自身も酒を飲んだことが無いわけではなかったが、舌や喉が痛み、頭をくらりとさせるアルコールの良さが、まだ理解出来ない。
「酒って、美味い?」
「酒か?そうだな。俺は、どちらかと言うと苦手かな」
「なのに飲むんだ」
 イタチはサスケを見下ろすと、困ったように笑った。
「まあ、お前も大学生になれば分かるよ」
 サスケの歩く速度が落ちた。イタチはコートのポケットに両手を突っ込んだまま、数歩先をすたすたと歩いて行く。酒のにおいはするが、酔ってはいないようだ。
 大学生……。
は?」
「え?」
 どきりとして顔を上げると、イタチがこちらを振り返っていた。
「家に来てるのか?」
「あ、ああ、うん。でも多分もう帰ってる」
 そうか、と頷いて、イタチは再び歩き始めた。
 サスケは袋の中の肉まんを思った。もしまだ家に居たら、と考えて買っておいたのだ。肉まんはの好物だった。
 ふうっと息を吐き、サスケは速度を上げてイタチの横に並ぶ。
「お前、本当に入学式来ないのか?」
「行かない」
が寂しがってるぞ」
「そんなことないって。だってあいつ、さっきだってスーツがどうとか言って……舞い上がりやがって」
「ああ、そういえば言ってたな。結局どっちにするって?」
「知らねぇよ」
「本当に来ないのか?入学式」
「だから行かないって」
「高校の入学式には行ったのに?」
 くつくつと喉奥を鳴らして笑う兄にサスケは眉根を寄せる。
「お前、ずっと不機嫌そうな顔してたらしいじゃないか。入学式の後でが言ってた。楽しくなさそうだったって」
「楽しいわけねぇよ。人の入学式なんて、退屈なだけで」
「じゃあどうして行ったんだよ」
 イタチはとうとう声を出して笑い始めた。
「……分かんねぇよ。でも、もう行かない」
 新しい制服に身を包んで、いつになく緊張した面持ちで体育館に入って来たが思い起こされた。周りの席の生徒とぎこちなく話したり笑ったりしている。そんな姿を見ながら、中学の制服を着たサスケは、の母親の隣に座って始終眉間に皺を刻んでいた。そうしながら、自分も一年後は必ずこの体育館で、と決めたのだった。
「うちの大学は結構レベル高いからな。今年は受験勉強、頑張れよ」
 いつから笑い声が止んでいたのか知れないが、ふと見ればイタチは口の端を微かに上げていた。
「来るんだろ。来年はお前も、俺との大学に」
 その言葉に黙りこくっていると、「ほら」とイタチが指を指した。言われるままに彼の指の先を目で追うと、信号機の向こうに自宅が見えていた。部屋の灯りがついている。それをぼうっと見つめるサスケの横顔に、イタチは静かに言った。
「待ってるよ」





(2011.6.15)