フルーツバスケットの鮮やかな色たち、隣の家のおじいさんの深い緑色のセーター、お気に入りの本の背表紙の色。ゆっくりと、少しずつ、彼女の目に映る世界の色が闇に呑まれていった。

「見えない、見えない」
 ただひとつだけ。暗い闇の世界で唯一光っていた色がついに消えたとき、彼女は涙さえも忘れた。
「リーマス、どこに居るの?見えないの……置いていかないで」
 ついに彼女は、僕の瞳の色を置き忘れていった。
 椅子から落ちて、空を掴むように手を降る彼女に、そっと近寄る。――落ち着いて、。僕はここに居るよ。 暗闇の中の彼女を驚かせないように、肩に手を置くよ、と告げてから小刻みに震える肩に手をあてると、彼女は縋りついた。――大丈夫。目は四つあるんだ。の二つの目は見えなくなったけど、あとの二つはまだ見えるはずだよ。 消えてしまいそうな彼女をつよくつよく抱きしめ、言った。いつかこんな日が来るのではないか、という覚悟をして、ずっと考えていたその言葉を今ついに唱えた。――心のなかにある目は、ずっと世界を映してる。見えるはずだよ、。僕が君に、微笑んでるのが見えるだろう? 視点の定まらない目をゆっくりと閉じた彼女に――ほうら、見えるだろう? と言うと、彼女は首を横に振った。
「嘘。リーマスは笑ってなんかない……泣いてる。泣いてるのね」
 彼女の差し出した白い手はようやく僕の頬に辿りつくと、確かめるように何度も何度も手をあてた。その指が頬を伝う涙に濡れると、彼女は小さく「ごめんね」と呟いた。伝った涙が口に入っても、人には四つの目があるから大丈夫だと、まるで呪文のように唱えつづけた。


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